高山地域の交通まちづくり
〜ビックデータ分析からみえる観光回遊と課題〜
Instruction to Submit a Paper to Proceedings of IBS
和泉範之
*絹田裕一
**廣川和希
***笹圭樹
*酒井美生子
****牧村和彦
*****鈴木紀一
****** By Noriyuki IZUMI, Yuichi KINUTA, Kazuki HIROKAWA, Keiju SASA, Mioko SAKAI, Kazuhiko MAKIMURA and Norikazu SUZUKI●
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はじめに
岐阜県飛騨地方に位置する高山市は、人口約 9 万人 の都市である。中心市街地には、国の重要伝統的建造 物群保存地区に指定されている「古い町並」を始めとし た江戸時代以来の城下町・商家町の姿が保全されている ことから「飛騨の小京都」と呼ばれる国際観光都市とし て知られている。観光客は年間約 450 万人(うち 46 万 人は外国人、H 28 年度実績1))に上り、特にゴールデ
ンウィークを始めとした大型連休や、春と秋の年 2 回 行われる「高山祭」などの観光繁忙期には、多数の観光 客が来訪している。
観光繁忙期の高山市街地の道路は、国道 158 号を中 心に激しい交通渋滞が発生している。この主な原因と して挙げられるのが、観光車両の一部地域への集中で ある2)。特に上町地区(上二之町、上三之町)周辺で
は、近接する駐車場に容量を超える車が集中すること や、上町地区と宮川朝市を分断する国道 158 号を横断 する歩行者などが市街地の渋滞の要因となっている。 一方、観光客の回遊状況としては、高山陣屋や中橋、 上町地区の古い町並み、宮川朝市などに集中し、下町 地区への観光客は減少している。このため、観光客や 観光車両の上町地区への偏りを是正し、下町地区など 他地域にも分散化させることを目的に、案内看板の設 置といった社会実験が行われている(例えば、飛騨高 山「古い町並」とおりゃんせプロジェクト2)など)。た
だし、これらの施策の有効性等を評価し、効果的な改 善案を検討していくためには、車両のデータだけでな く、歩行者の行動実態を含めて把握する必要がある。
近年、歩行者の交通行動調査として、「Wi-Fiパケット センサー」を活用した実証実験が各地で実施されている。 本稿では、これらの背景を踏まえ、高山市街地(JR 高山駅の東側半径約 2 km のエリア)の観光繁忙期にお いて人の動きを取得できる可能性のある Wi-Fi パケッ トセンサーの活用方策について検証した結果を記述
す る。 高 山 市 街 地 で は、2016 年 10 月 22 日( 土 )、 23 日( 日 )、29 日( 土 )、30 日( 日 )、 及 び 11 月 3 日 (木・祝日)の 5 日間、高山市街地において「地域の賑わ いから得た収益を活用した道路景観の継続的な維持管 理のしくみづくり社会実験」3)が実施されており、この
期間に合わせて Wi-Fi パケットセンサーによる調査を実 施した。
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Wi-Fiパケットセンサーについて
(1)Wi-Fiパケットセンサーの概要
スマートフォンをはじめとする多くの携帯端末に は、インターネットへ接続するための Wi-Fi 機能が搭載 されている。この Wi-Fi 機能は、スタンバイ状態でもイ ンターネットへの接続を行うため、「Wi-Fi 管理パケッ ト(Probe Request)」を常時発信している。Wi-Fi 管 理パケットの発信頻度は、機器により異なるが、おお よそ 30 秒〜 2 分間隔であり、機器ごとにユニークに割 り振られた固有の ID(MAC アドレス)も発信される。
本 稿 で 用 い る Wi-Fi パ ケ ッ ト セ ン サ ー(AMP セ ン サー: Anonymous MAC address Probe Sensor) は、電子機器から発信された Wi-Fi 管理パケットを受信 し、パケット内に含まれる MAC アドレスをハッシュ関 数で匿名化して、個人の特定ができないような状態で 記録する機器である。図- 2に Wi-Fi パケットセンサー の概要を図示する。
図-2 Wi-Fiパケットセンサーの概要
(2)Wi-Fiパケットセンサーで取得可能なデータ
Wi-Fi パケットセンサーから取得できるデータは、近 くの携帯端末が発信した Wi-Fi 管理パケットを受信し た時刻と、携帯端末の MAC アドレスを匿名化処理し た ID(以下、匿名 ID)である。携帯端末を持った人が Wi-Fi パケットセンサーの近くに滞在した場合、Wi-Fi パケットセンサーはその携帯端末の匿名 ID と受信時 刻を記録しつづけることになり、Wi-Fi パケットセン サー設置箇所の付近での滞留時間を把握することがで きる。また、今回の調査で設置した複数の異なる Wi-Fi パケットセンサー間では、匿名 ID は共通であるため、 Wi-Fi パケットセンサー設置箇所の位置情報と関連づけ ることにより、携帯端末機器の動きを追跡することが 可能となる。
本稿では、携帯端末の動きを人の動きとみなし、設 置した Wi-Fi パケットセンサー間の人の移動や滞留を把 握した。
Wi-Fi パケットセンサーで取得するデータは、携帯端 末単位のデータであるため、複数の携帯端末を複数台 持ち歩いている人は、1 人で複数回カウントされるこ ととなり、1 つの匿名 ID が 1 人を表しているわけでは ないことに留意する必要がある。また、Wi-Fi 管理パ ケットの発信頻度は機器によって異なり、機器ごとに 精度差が存在している。
(3)Wi-Fiパケットセンサーによるデータ取得状況
図- 3は、高山市街地内に設置した Wi-Fi パケットセ ンサーにおいて捕捉した ID 数を日別に示したものであ る。調査対象となる高山市は観光都市であるため、平 日に比べ休日になると ID 数が増加し、連休期間(5 月 3
〜 6 日)は観測された ID 数が多く,通常の土日の 1 . 5 〜 1 . 7 倍程度であった。
次に、Wi-Fi パケットセンサーによる ID 取得の妥当 性を確認するため、JR 高山駅にて取得した ID を対象 に、列車やバスの発着状況の関係を分析した。図- 4
は、高山駅前の Wi-Fi パケットセンサーで取得された データを時間帯別に示したものである。鉄道やバスが 到着すると ID 数が増加し、出発すると ID 数が減少す ることが確認できており、実際の人の流動に合致した データが取得できていることが確認された。電子機器 の Wi-Fi 管理パケットの発信頻度が、おおよそ 30 秒〜 2 分間隔である点を考慮すると、人の滞留状況をおお よそ把握できていると考えられる。
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観光実態調査について
高山市では、2016年10月22日(土)、23日(日)、 29 日(土)、30 日(日)、及び 11 月 3 日(木・祝日)の 5 日間、高山市街地において道路を活用した賑わいづ くりを試行し、今後の道路景観の維持管理のあり方を 探る社会実験が実施された。
図-3 日別ID数(2016年5月)
社会実験では、下二之町の旧越中街道を下町地区に 活力を呼び込むための中心軸と位置付け、通過車両の 通行を規制して道路空間や空き家等を賑わいや溜まり の空間として活用する取組みが実施された。また、通 り・町並に賑わいを創出し、その賑わいから得た収益を 道路景観の維持管理に充てて、地域の魅力を向上する 好循環の仕組みづくりが目指されている。さらに、上 町地区に集中する観光車両の分散を図り、交通混雑の 解消と観光客の安全を図るために、観光車両や観光客 の下町地区への案内誘導が実施された。
図- 5に高山市街地と上町・下町地区の位置図を示 す。高山市街地は、南北に国道 41 号が市街地を避ける バイパスとして整備されており、東西は国道 158 号に よって上町地区と下町地区が分断されている。
(1)高山市街地における観光繁忙期の課題
高山市街地の上町・下町地区は、両地域とも重要伝 統的建造物群保存地区に指定されているが、多くの観 光客は高山陣屋、中橋、宮川朝市などの主要な観光施 設を目的として来訪するため、上町地区に集中してい る。そのため、観光繁忙期においては、上町周辺の駐 車場は飽和状態となり、駐車場を探す車両や上町周辺 と宮川朝市周辺を散策する観光客の影響により、国道 158 号は渋滞が生じている。また、上町地区周辺の市 営駐車場は、午前中から満車状態となるが、フリンジ 駐車場においては、昼ごろのピーク時にのみ満車にな り、駐車需要が偏在している。
(2)社会実験での取組み内容と調査概要
今回の社会実験では、上町地区に集中する観光客を 下町地区に呼び込むため、フリンジ駐車場のひとつで ある、不動橋駐車場に誘導し、そこから下町地区を通 り、上町への周遊を促す取組みである。そこで、Wi-Fi パケットセンサーを活用し、不動橋駐車場からの観光 周遊行動について分析を行った。
今回の社会実験期間および比較対象期間に設置した Wi-Fi パケットセンサーの位置を図- 6に示す。観光 客の誘導を実施した不動橋駐車場、下町地区、上町地 区および不動橋駐車場から直接上町地区へ向かう際の ルートと想定される鍛冶橋周辺に Wi-Fi パケットセン サーを設置した。
また、表-1にWi-Fiパケットセンサーの設置期間およ
び分析対象となる実験期間と比較対象期間を整理した。
(3)駐車場利用者に対する観光案内の効果把握
a) 下町地区への訪問数の変化
Wi-Fi パケットセンサーから取得した ID を用いて、 観光案内を実施した不動橋駐車場利用者の流動を分析 したところ、観光案内を実施していない期間に比べ、
図-5 高山市街地と上町・下町地区の位置図
下町地区の Wi-Fi パケットセンサーで捕捉される回数が 約 20 ポイント増加していることが明らかとなった(図 -7)。さらに、鍛冶橋で捕捉される回数が減少してい ることから、鍛冶橋を経由せずに下町・上町地区を周遊 していたことが推察される。また、図- 8は下町地区 における ID の捕捉回数の構成比を示しているが、賑わ い創出のイベントを行ったエリア(社会実験地区)で捕 捉された ID の構成比が、38 %から 56 %に増加してお り、イベントを行ったエリアに下町の中でも人が集中 していることが確認された。
b) 駐車場利用者の移動経路の変化
図- 9は、不動橋駐車場に設置した Wi-Fi パケットセ ンサーで捕捉され、かつ高山市街地の主要な観光エリ アである上町地区を訪問した人の移動経路を追跡した ものである。1 箇所目の捕捉箇所は、不動橋駐車場の 次に捕捉された箇所であり、2 箇所目は、1 箇所目の次 に捕捉された場所を表している。
下町地区で社会実験を実施していない期間の 1 箇所 目に捕捉される場所は、不動橋駐車場から上町地区に 向かう最短経路上にある Wi-Fi パケットセンサー(宮川 朝市)で捕捉される割合が 27 %であるのに対し、社会 実験実施期間中の宮川朝市は 10 %に減少し、イベント を実施した下町地区の割合が 34 %から 57 %に増加し ている。また、2 箇所目の捕捉場所のイベントを実施 した下町地区の割合は、20 %から 43 %に増加した。 これにより、社会実験実施期間中は下町地区を通過す る経路に変わっていることが推察され、賑わい創出の イベントや不動橋駐車場での案内が有効であったこと が確認された。
(4)所要時間の変化
a) 下町地区での所要時間の変化
図- 10は、不動橋駐車場を出発し、①社会実験地 区、②宮川沿い、のいずれかの地点を経由して上町地 区に至ったサンプルの平均所要時間を示したものであ る。他期間と実験期間中を比較すると不動橋駐車場か ら上町地区までの所要時間は、57 分から 65 分に約 図-7 不動橋駐車場利用者の市街地部での捕捉場所割合
15 %増加している。また、図- 11の所要時間の構成 比をみると、下町地区から 1 時間以上かけて上町地区 へ移動する人の割合が、取組み実施前に比べ 37 %から 49 %になり、約 10 ポイント以上増加している。これ らの結果より、下町地区を経由する経路に転換したこ とで下町地区での滞在時間が増加していると考えられ る。下町地区でのオープンカフェ等のイベント実施に より、まちの賑わい創出の効果が得られていることが 確認された。
b) 高山市街地の滞在時間の変化
図- 13は、不動橋駐車場を利用した人が最初に不動 橋駐車場にて捕捉された時刻から最後に不動橋駐車場 にて捕捉されるまでの時刻の差を示したものである。 本稿はこれを高山市街地での滞在時間と定義する。
他期間における平均滞在時間は約 160 分であり、実 験期間中の平均滞在時間は約 166 分であった。今回の 社会実験による滞在時間の増加分は 5 分程度であると 考えられる。図- 14の滞在時間の構成比をみると、 3 時間以上滞在した人が 7 ポイント増加しており、今 回の社会実験では、経路を変化させるだけでなく、市 街地に滞在する時間を増加させる可能性があることか ら、イベント実施エリアだけでなく、高山市街地全体 の賑わい創出にも貢献している可能性があることを確 認した。
図-10 不動橋駐車場から上町地区までの平均所要時間
図-11 不動橋駐車場から上町地区までの所要時間の構成比
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おわりに
本稿では、観光地における賑わい創出の取組みに よる人の流動の変化を、Wi-Fi パケットセンサーから 得られる携帯端末の移動履歴の情報を用いて分析を 行った。分析対象とした社会実験の目的であった下町 地区の賑わい創出という点では、社会実験を実施して いない日に比べ、下町地区を訪問する人の割合が増加 し、下町地区での滞在時間が増加する等、取組みの効 果が現れていることを客観的なデータを用いて可視化 した。また、上町地区を含めた高山市街地での滞在時 間も増加傾向にあることから、下町地区の賑わい創出 は、上町地区のデメリットではなく、高山市街地全体 にとって効果のある取組みであろうことも示唆されて いる。本稿において整理した「人の集客度合いの変化」 や「経路の変化」、「滞在時間の変化」等は市街地内の 取組みを可視化する指標として有効であると考えてい
る。特に経路変更の変化は、人手による交通量調査で は捉えることが困難であるが、Wi-Fi パケットセンサー を活用することで容易に計測することができた。
Wi-Fi パケットセンサーのデータは、交通手段に関わ らず取得されるデータのため、いくつかの条件を用い て分析データを抽出することが必要となる。今回の分 析では、Wi-Fi パケットセンサーでの捕捉地点の最初と 最後が分析対象となる駐車場であることと、基本的に 自動車では訪問しない上町地区や下町地区で捕捉され ていることを抽出条件とすることで「ほぼ歩行者である と考えられるデータ」を分析対象とした。現在、分析 対象となる匿名 ID の抽出方法等のノウハウを開発・蓄 積している段階であり、引き続き、様々なケーススタ ディを行いながら分析手法を確立したいと考えている。 今回の取組みでは、高山市街地を 13 台の Wi-Fi パ ケットセンサーを用いて調査を行ったため、限定した エリアでの人の流動の変化のみを分析対象とした。一 方、13 台の設置であっても適切に Wi-Fi パケットセ ンサーを設置することで効果検証に資する多様なデー タを取得することができたと言える。今後は、設置箇 所を増加させ市街地全体の人の流動を把握し、ビック データを用いた地域の課題把握、回遊向上策による効 果把握やその見える化に取り組んで行く予定である。
参考文献
1) 高山市商工観光部観光課:平成 27 年観光統計, http://www.city.takayama.lg.jp/shisei/ 1000062 / 1004915 / 1006941 / 1008430 . html,平成 29 年 5 月入手
2) 飛騨の匠街道推進協議会:「古い町並」とおりゃ んせプロジェクト, http://www.cbr.mlit.go.jp/ takayama/shokai/pdf/h22/h22_1104.pdf, 平成 29 年 5 月アクセス
3) 道路景観維持管理の仕組みづくり社会実験協議 会:地域の賑わいから得た収益を活用した道路景 観の継続的な維持管理のしくみづくり社会実験, https://secure 01 .red.shared-server.net/ www.takayama-cci.or.jp/cgibin/whatsnew/ htmlview.cgi?admin=contents_view&id= 1161016164926 &type= 1,平成 29 年 5 月ア クセス
図-13 高山市街地での滞在時間